1965.3.29 大阪市出身
12才の時にクラシックギターを学び、17才からエレクトリックベースを始める。
1988年に渡米し、バークリー音楽大学に入学。アコースティックベースに転向後、ベースの巨人チャールズ・ミンガスの音楽から多大な影響を受ける。
在学中にプロフェッショナルパフォーマンス科ジョン・ナヴァス・スカラシップを受賞。ロイ・ハーグローヴ、アントニオ・ハート、アンソニー・ウォンジー、岡まこと、松島啓之、原大力とセッションを重ねる。
1991年、 バークリー音大を卒業後、ニューヨークへ移り、池田篤と研鑽を共にする。ジュリアード音学院の教授であるホーマー・メンチ氏に師事、ベーシストのレジナルド・ヴィール、クリスチャン・マクブライドと交流を重ねる。
1994年、椎名豊の推薦により、日米混合ユニットであるジャズ ネット ワークスに参加、ロイ・ハーグローヴ、ジェシー・デイビス、デビット・サンチェス、椎名豊、大坂昌彦と『イン ザ ムービー』(BMG)をレコーディング。
1997年、ウイントン・マルサリスが音楽監督であるリンカーンセンター・ジャズ・オーケストラに参加。同年ウイントン・マルサリスカルテットのメンバーとして、クリントン前大統領主催のプレジデントサミットにて演奏し、その模様は全米に中継された。
1998年3月、サイラス・チェスナット トリオに加入。その活動として、タングルウッド音楽祭、ニューヨーク・タウンホール公演、ヨーロッパ公演、ブラジル公演、カラムーア・ジャズフェスティバル、JVCジャズフェスティバル、ニューヨークのジャズクラブの老舗であるヴィレッジ・ヴァンガード、ブルーノートニューヨーク、ブルーノート東京公演等を行う。
1999年11月、ウイントン・マルサリスのカルテットでハーレム野外コンサート、ジャズ@リンカーンセンターとチェンバー・ソサエティとのコラボレーションコンサートに参加。
2000年4月、渡辺貞夫カルテットツアー2000に参加、5月にニューヨークにて小曽根真とのデュオライブを行う。10月、ニューヨークにて小曽根真プロデュースによる、リーダーアルバムのレコーディングを行う。
2001年2月、デビューアルバム『ディヴァイン』(Verve)を発表。3月に小曽根真とデュオでの全国ツアーを行った。10月、ウイントン・マルサリス・セプテットのメンバーとして、東海岸のツアーに参加。12月、中村健吾バンド(池田篤、野本晴美、高橋徹)でリーダーとして初の日本公演を行う。
2002年2月、2作目のリーダーアルバム『セイ・ハロー・トウ・セイ・グッバイ』(Verve)を発表。春の日本ツアーでは全国21カ所で公演。7月、ニューヨークのブルーノートで行われたイースト・ミーツ・ウエストのライブに自己のカルテットで出演(シャーマン・アービー、ロドニー・グリーン、ロブ・バガッド)。8月、中村健吾NYカルテット(アントニオ・ハート、ロドニー・グリーン、野本晴美)で「くっちゃんジャズフェスティバル」に出演。
2003年2月、大阪中之島公会堂でNORAをゲストに迎え、チャリティーコンサートを行い、伊藤君子をゲストに迎えた中村健吾〜後藤浩二デュオの東京公演を行った。4月には中村健吾〜ウエス・アンダーソンカルテット(野本晴美、高橋徹)で「Blues & Swing」ツアーを行う。
2005年、3作目のアルバム『ROOTS』(55 Records)を発表し、中村健吾NYクインテット(ウエス・アンダーソン、マーカス・プリンタップ、後藤浩二、高橋信之介)でツアーを行う。
2010年5月、日本に活動の拠点を移し、これまでのリーダーアルバム5作品からコンパイルしたベスト盤『Rainbow』(55 Records)をリリース。
グラミー賞にノミネートをされたウイントン・マルサリスのライブアルバム『 Live at the House of Tribes 』(Blue Note) ではクインテットのメンバーとして参加している。第53回スイングジャーナル誌日本ジャズメン読者人気投票に於いて、3年連続ベース部門第1位を獲得。
共演者に、ウイントン・マルサリス、ベニー・ゴルソン、マル・ウォルドロン、ロイ・ハーグローヴ、アントニオ・ハート、ダコタ・ステイトン、マーカス・プリンタップ、ラッセル・マローン、ベニー・グリーン、ウエス・アンダーソン、シャーマン・アービー、デューイ・レッドマン、アニタ・ベイカー、ハーリン・ライリー、渡辺貞夫、伊藤君子、小曽根真、塩谷哲、増尾好秋、椎名豊、大坂昌彦、大西順子、土岐英史、川嶋哲郎、山田穣、多田誠司、原朋直、江藤良人、香取良彦、向井滋春、チャリート、グレース・マーヤ、ケイコ・リー、荒巻茂生、寺井尚子、NORA。